2018年6月16日土曜日

第2回 聴覚の特徴

第2回 聴覚の特徴


私たちが日常生活の中で得る全情報量の中で「視覚からのものが約7割であるのに対して、聴覚からのものは約2割」と言われています。しかしこのことは聴覚が視覚の3分の1の働きしかないということではありません。車を運転しながら音楽やニュースを聞いたり、駅で電車の到着予定時刻をアナウンスで知ることができるのは聴覚のおかげですし、背後から迫ってくる危険を察知できるのも聴覚の助けがあってこそなのです。(音の世界の心理学」重野純)

Northwestern UniversityのNina Kraus 教授は、セミナー(以下の動画)の中でシマウマがジャングルで草のカサッという音を聞いていち早く危険を察知する様子を見せて聴覚の根本的重要性を指摘しています3:20~3:40あたり。また同じ動画の後ろの方では、視覚の反応時間が40ms以上であるのに対し、聴覚の反応は1ms以下、という非常に高速で起こることをアニメーションを使って説明しています。



ヒトは、左右それぞれの耳に聞こえる音の、音量と時間の
わずかな差(1ms以下)を認識して音の来る方向を判断しています。これだけの能力があるから、視野にはいっていなくても、どちらの方向から音が来るのか人間は知覚できるわけです。


聴覚能力の特徴の一つに選択的視聴能力「カクテルパーティ効果があります。私たちは雑踏の中でも話相手の言うことを聞き取ることができます。2人の人に同時に話しかけられても注意を向けた人の話だけを聞いて、他方を無視してしまうこともできます。このように多数の音源を空間的に別々に聞き分けて特定の人と話ができる現象をカクテルパーティ効果(cocktail party effect)と呼びます。(音の世界の心理学」重野純)

人間の聴覚能力を周波数の面で見てみると、以下の図のようになります。一般的には20Hz~20KHzと言われますが、人によって、また年齢によっても大きく異なります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/聴覚

人は誰でも年を重ねると特に高域の聴覚が衰えていきます。50代60代になると12KHz以上は聞こえない人が多くなります。


加齢と聴覚 シニアあんしん相談室
モスキート音とは17KHz前後の高周波音のことで、蚊の羽音のようなキーンという不快な音なのでこう呼ばれます。実際イギリスのCompound Security Systemという会社は「Mosquito」という名で、バーや商店の前にたむろする若者を撃退する商品を発売しており、英国国会でも話題として取り上げられたようです。

スマホのアプリで多くの「耳年齢チェック」ソフトがでていますので、自分で試してみるのも良いでしょう。

GN Resound Japan 耳年齢チェック


第2章 音・音楽と脳 第1回 音とは何か

第2章 音・音楽と脳 

第1回 音とは何か

音とは、辞典や教科書では以下のように説明されています。

デジタル大辞泉物の振動によって生じた音波を、聴覚器官が感じとったもの。また、音波。

中学理科)音とは「ゆれ」です。ゆれがいろいろなものを介して伝わり、耳に届きます。

音は振動している物体から生じます。物体が振動すると、近くの空気が押されてその部分だけ空気が濃くなります。空気の濃い部分が近くの空気を押し、空気の濃い部分が移っていきます。音の波は空気のうすい層(疎)と濃い層(密)が交互に伝わっていくので、疎密波とと呼ばれます。音が伝わるとは?より)
音の波の性質を、わかりやすくアニメーションにしたサイトがあるので紹介します。


進行方向と同じ向きに振れるのが「縦波」(上)、進行方向と垂直に触れるのが「横波」(下)で、音は「縦波」です。一方、横波の性質を持っているのは、水面を伝わる波などです。
音の伝わる速さは、空気中では秒速340m(時速1224Km高度0気温15度)、水中では1500m,コンクリートでは約30004000m, 鉄では5950mです。

音の物理的性質や特徴を説明したKhan Academyのビデオがありますので、紹介します。



音は「見えない」だけにわかりにくいと言われますが、音をビジュアル化して、アートにまで仕上げた作品もありますので、少し見てみましょう。



音は、空気中を通って私たちの耳に届きます。そこで次は耳の構造、聴覚の機能と特徴について見ていきます。
音を聞く仕組み
外界から聞こえてくる音は、耳介で集められ、外耳道を通って、鼓膜まで伝わってきます。空気の振動は鼓膜を震わせ、中耳にある耳小骨(ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨)でその振動を30倍以上に拡大して、内耳へ伝えます。
中耳から伝わってきた空気の振動は、内耳の蝸牛で内リンパ液の振動となり、蓋膜と有毛細胞を動かすことで刺激された有毛細胞から電気信号が発生し、その信号が脳(大脳の聴覚野)へ伝わることで、音として認識されます。Gooヘルスケアより
以下のアニメーション(前半)は耳の働きを分かりやすく説明しています。


2018年6月15日金曜日

第8回 ネアンデルタール人とホモサピエンス

第8回 ネアンデルタール人とホモサピエンス

オンタリオ州クィーンズ大学の神経科学者マーリン・ドナルドは ”意図的であるが言語的ではない表象行為を意識的、自発的に行う能力” をミメシス=Mimesisと呼びました。ミメシスは、声の調子、表情、目の動き、手ぶり、パターン化した体全体の動き、こうした要素の連続など、極めて幅広い行動や様式を含みます。
ネアンデルタールは、このミメシスを含めた精巧なコミュニケーション体系「Hmmmmm」(mが一つ増えている)のために脳を使っていました。 ミズンは「このコミュニケーションのおかげで、劇的な環境変化が続く氷河期のヨーロッパで25万年ものあいだ生き抜くことができ、前例のない高水準まで文化を育てることができた。 彼らは「歌うネアンデルタール」でありー言葉の無い歌だがー豊かな感情の持ち主だった」と彼らの文化を高く評価しています。

一方、分化したホモ・サピエンスにおいては、人々が専門化した経済的役割や社会的地位を採用し始め、他の共同体との交易や交換をはじめ「よそ者と話す」ことが社会生活の重要な側面として広がっていきます。そうなると「Hmmmmm」の限界を超える新たな発話が生じるのは必然です。

言語学者アリソン・レイは、人類が全体的(Holistic)フレーズを分解してそれぞれ指示的な意味を持つばらばらのユニットにし、別の発話からのユニットと組み合わせて無数の新しい発話を作り始めた過程を分節化と呼びました。これをミズンは「言語を他のコミュニケーション体系よりはるかに強力にする特徴、構成性(Compositional)の出現」とみなし、音楽と言語の分化を導くものと位置付けました。
ただし「Hmmmmm」から構成的言語への移行は何千年もかかり、徐々に人の思考の性質を変化させ、私たちの種を全世界拡散にいたる道につかせ、ついには200万年以上前に最初のホモ属の種が表れて以来続いてきた狩猟と採集の生活を終わらせるに至ったと考えたのです。

構成的で指示的な「言語」が情報交換の役割を受け継いだため「Hmmmmm」は、言語がそれほど効果的でない感情の表出と集団同一性の確立のためのコミュニケーション体系、すなわち「音楽」となっていくのです。

再掲(「歌うネアンデルタール人」 p.379より作成 元出ジョン・ブラッキング)


ドイツのガイセンクレスタール( 最古の楽器と言われている、約4万年前の骨でできた笛が発見された)やイストゥリスの骨の笛は、石器を使って作られています。その後も時代を追って技術が進歩するにつれ、新しい楽器が使われるようになります。

Earliest music instruments found(BBC)


ミズンは楽器の誕生と発展を重要なものととらえ「物質文化によって人の声と体の音楽能力を拡大するために作られ「Hmmmm」に起源をもつ音楽作りへの情熱と、人間世界と技術世界の障壁を壊すのに必要な認知的流動性とを反映している」と位置付けているのです。

参考動画:YouTube "Music Instinct" 25:17-20:40


まとめ:「音楽と言語には共通の先駆体「Hmmmm」があり、私たちホモ・サピエンスではそこから音楽と言語が分離してそれぞれに進化したが、ネアンデルタールでは一体化したまま進化」しました。「言語を進化させるために音楽能力を犠牲にした私たちとは違い、ネアンデルタールは”音のパノラマ”の世界に住み、歌い踊ることでコミュニケーションしただろう」と想像されています。

2018年6月13日水曜日

第7回 集団活動としての音楽

第7回 集団活動としての音楽

音楽を使えば「周囲の人を操作したり、自然界について伝えたり、配偶者になりうる相手に自分の能力を宣伝したり、自分の子供の認知・感情の発達を促したり」できます。しかしこれらはいずれも、現代社会で音楽が多くの場合、集団活動になっている理由を説明できません。
人類が生き残ってきた大きな原因に集団活動があげられますが、音楽は自己と他者を一体化し、集団としてのパワーを強化する作用を果たしているのではないでしょうか。ミズンは「共同で音楽を作る人たちは、自分たちの心と体を共通の感情に成形し、そうすることで自己同一性が消えると同時に他者と協力する能力が増す」と考えました。例えば、輪になって歌い踊るというのはどの文化にも存在する集団活動ですが、それは初期ホモニドの時代から我々が持ち続けている特性なのでしょう。


Aztec round dance for Quetzalcóatl and Xolotl
集団での音楽作りによって”自己意識があいまいになって踊りを共有する全員の仲間意識が強調された”状態になることをウィリアム・マクニールは”境界の消失”と呼んでいます。
こうした感情の起源は”私たちの祖先が野生の危険な動物を狩りに出かける前や帰ってから焚火の周りで踊っていた昔にある。狩りを行い、踊りによって協調性を高めた者の方が繁殖成功度が高く、その能力が遺伝的に伝承され、やがて現代に多様な形で利用されるようになった。"と考えています。


私たちホモ・サピエンス種は30万~50万年前のどこかの時点でネアンデルタールと祖先を共有し、そこから分かれて進化したらしいと言われています。

(「歌うネアンデルタール人」 p.379より作成 元出はジョン・ブラッキング)

ホモニドのアフリカから欧亜への拡散は不慣れな土地へ入ることを意味し、そこで新しい種類の動植物に出くわし、水や薪や石などの資源がある場所を見つけ出して、その情報を他者に伝えなければなりません。初期人類の拡散には、こうしたコミュニケーションが不可欠だったはずです。初期人類は「集団の一部として協力して働く」ことによって新しい環境に適応していったのでしょう。

生命誌ジャーナル アフリカから世界へ ヒトの拡散

第6回 二足歩行と音楽

第6回 二足歩行と音楽


人類学教授レスリー・アイエロは「二足歩行は、これまでより高度な感覚運動制御を行うというだけで、より大きな脳と複雑な神経システムを必要とする。こうした理由で進化した大きな脳がこんどは別の目的にも使われるようになった可能性がある」と言っています。
人が二足歩行できる理由(セントラル接骨院のウェブサイトより)

移動の役割から解放された手が、大きく複雑になった脳と協調して道具を作り、使うという重要な役割を果たすようになります。食料を採取する、木の実をむいて食べる、といった役割だけでなく、木の枝や骨を叩いたり手をつないで喜びを表現したかもしれません。
また、二足で「歩く」ためには一定のリズムをキープすることが重要です。音楽の最も基本的な要素であるリズム(感)の進化も、二足歩行が大きなきっかけになったことでしょう。ミズンも「二足歩行は「Hmmmm」(後述)のリズムと動きの役割を桁違いに増加させた」と評価しています。

女性の場合、直立二足歩行の結果、骨盤が狭くなり産道も細くなりました。これに対処するため赤ん坊はほとんど未熟な状態で生まれます。シアトルの児童心理学者エレン・ディサナヤケ 未熟な新生児を成長させるために、親子の相互作用としてIDS(infant directed speech)の音楽面が進化したと推測しています。

「ホモニド」とは、現代人と同じ霊長目ヒト科に分類される生物を指します。180万年前までホモニドは解剖学上も行動面でも非常に「類人猿的」でした。したがってホモニドの音声、身振り表出は、単語の組み合わせではなく完結したメッセージだったという意味で全体的(Holistic))なままだったり、他者に世界の物事を伝えるためではなく他者の行動を操作(Manipulative)するために用いられたと考えられます。

こうした特徴をスティーブン・ミズンは総称して
 「 Hmmmm と呼んでいます。

・全体的(Holistic)  
・多様式的(multi-modal)
・操作的(manipulative) 
・音楽的(musical)

初期ホモニドでは、Hmmmmすべてが統合されており、その結果、今日の非ヒト霊長類のコミュニケーションより複雑で、一方ヒトの言語とは全く異なるコミュニケーション体系だったのではないかという仮説を述べています。

*マルチモーダル:人間は外界からの情報をより確かに知覚するために,五感や,体性感覚(平衡感覚,空間感覚など)といった複数の感覚の情報を組み合わせて処理しています.このような情報処理をマルチモーダル情報処理といいます(東北大学先端音情報システム研究室

2018年6月12日火曜日

第5回 音楽は感情の言語か

第5回 音楽は感情の言語か


現代の評論家が音楽の意義をあまり認めたがらないのは、よくいわれる“感情の言語”という音楽の位置づけが一因かもしれません。感情は伝統的に人間のもっとも貴重な能力である理性と対立するものと見なされてきました。プラトンの 「感情が脳の下部から生じ、理性を堕落させる」という主張が示す通り、理性を上位に、感情を下位に位置付ける考え方はギリシャ時代以来、長く踏襲されてきました。

ラファエロ・サンティ「プラトン」 The School of Athens (detail)


チャールズ・ダーウィンは1872年『人間及び動物の表情』で「感情表現は人間が動物だった時の名残でしかない」とし、人間の理性によって抑制されてきたことから考えても、「すでに機能的な価値は失われている」と見ていました。ダーウィンはあらゆる既知の文化に音楽があまねく見られること、子供が音楽能力を自然に発達させること、音楽が強い感情を引き起こすことを指摘した上でこう結論付けます。 ”音楽や情熱のこもった発話に関するこうした事実はすべて、半分人間だった私たちの祖先が音楽様の音やリズムを求愛の時期に使っていたとすれば、ある程度理解できる。”  
ジェフリー・ミラーは”音楽の生物学的価値は配偶者を見つけることだ”と主張する。
つまりダーウィン、ミラーの説は音楽とはクジャクの羽のようなものだということでしょう。

言語学者のスティーブン・ピンカーは『心の仕組み(1997)』の中で“音楽は進化した他の性向から派生したものであり、人間が娯楽のために生み出したものでしかない。生物学的な因果関係だけを考えると、音楽は無駄だ” と主張しています。 音楽は人間の言語能力の副産物にすぎないということを「音楽は単なる聴覚のチーズケーキにすぎない」と表現しています。
Steven Pinker


チーズケーキは甘くておいしいけれど、人間が生きていくために必須のものではない、なくても困らない程度のもの、とうことを言いたいのだと思います。この"auditory cheesecake" という言葉は賛否含めて多くの人から引用されることになりました。

一方、18世紀フランスの啓蒙思想家で哲学者のジャン=ジャック・ルソーは『言語起源論』で言語は音声(音楽)が起源であると主張しました。音楽家を志望したこともあり、実際、童謡「むすんでひらいて」の作曲者でもあるルソーならではの発想かもしれません。


第4回 生まれる前から音楽を聴いている

第4回 生まれる前から音楽を聴いている


ヒトは生まれる前から音楽(を含む外界の音)を聞いていると言われます。胎児にはモーツァルトを聴かせると良いと言われ、実際に多くの胎教CDが売られています(例:胎教のモーツァルト)。

南カリフォルニア大のシーラ・ウッドワード博士(後にEastern Washington University)は、妊娠中の子宮にマイク付き超小型水中カメラを挿入して映像と音声を録ることに成功しました。外でウッドワード博士が子守歌を歌った際に、胎児がおなかのなかで微笑むのがはっきりわかる映像は決定的瞬間をとらえたものと言っても良いでしょう。胎児は、我々が考えていた以上に音楽に敏感で、音楽に癒されたり、リズムを刻んだり、あるいは大声に驚いたりしているようです。いままで想像でしかなかった子宮内での胎児の音楽聴取、その実態がこうした科学的研究でこれからも明かされていくことでしょう。

参考動画:YouTube "Music Instinct" 41:10~


また、同じ動画の少し後の部分では、胎児や新生児は、協和音(3度、5度などよく調和し響きあう音のこと)を好み、不協和音をいやがるということも実験で確かめられています。それは教育で獲得されるというよりは、人間がもともと持っている特性によるものと思われます。そもそもオクターブ(振動数比は1対2)、完全五度(振動数比は2対3)、完全四度(振動数比は3対4)など整数の振動比を持つ音の組み合わせを人は調和がとれており美しいと感じるようです。


第2回 聴覚の特徴

第2回 聴覚の特徴 私たちが日常生活の中で得る全情報量の中で「視覚からのものが約7割であるのに対して、聴覚からのものは約2割」と言われています。しかしこのことは聴覚が視覚の3分の1の働きしかないということではありません。車を運転しながら音楽やニュースを聞いたり、駅で電車の...