2018年6月15日金曜日

第8回 ネアンデルタール人とホモサピエンス

第8回 ネアンデルタール人とホモサピエンス

オンタリオ州クィーンズ大学の神経科学者マーリン・ドナルドは ”意図的であるが言語的ではない表象行為を意識的、自発的に行う能力” をミメシス=Mimesisと呼びました。ミメシスは、声の調子、表情、目の動き、手ぶり、パターン化した体全体の動き、こうした要素の連続など、極めて幅広い行動や様式を含みます。
ネアンデルタールは、このミメシスを含めた精巧なコミュニケーション体系「Hmmmmm」(mが一つ増えている)のために脳を使っていました。 ミズンは「このコミュニケーションのおかげで、劇的な環境変化が続く氷河期のヨーロッパで25万年ものあいだ生き抜くことができ、前例のない高水準まで文化を育てることができた。 彼らは「歌うネアンデルタール」でありー言葉の無い歌だがー豊かな感情の持ち主だった」と彼らの文化を高く評価しています。

一方、分化したホモ・サピエンスにおいては、人々が専門化した経済的役割や社会的地位を採用し始め、他の共同体との交易や交換をはじめ「よそ者と話す」ことが社会生活の重要な側面として広がっていきます。そうなると「Hmmmmm」の限界を超える新たな発話が生じるのは必然です。

言語学者アリソン・レイは、人類が全体的(Holistic)フレーズを分解してそれぞれ指示的な意味を持つばらばらのユニットにし、別の発話からのユニットと組み合わせて無数の新しい発話を作り始めた過程を分節化と呼びました。これをミズンは「言語を他のコミュニケーション体系よりはるかに強力にする特徴、構成性(Compositional)の出現」とみなし、音楽と言語の分化を導くものと位置付けました。
ただし「Hmmmmm」から構成的言語への移行は何千年もかかり、徐々に人の思考の性質を変化させ、私たちの種を全世界拡散にいたる道につかせ、ついには200万年以上前に最初のホモ属の種が表れて以来続いてきた狩猟と採集の生活を終わらせるに至ったと考えたのです。

構成的で指示的な「言語」が情報交換の役割を受け継いだため「Hmmmmm」は、言語がそれほど効果的でない感情の表出と集団同一性の確立のためのコミュニケーション体系、すなわち「音楽」となっていくのです。

再掲(「歌うネアンデルタール人」 p.379より作成 元出ジョン・ブラッキング)


ドイツのガイセンクレスタール( 最古の楽器と言われている、約4万年前の骨でできた笛が発見された)やイストゥリスの骨の笛は、石器を使って作られています。その後も時代を追って技術が進歩するにつれ、新しい楽器が使われるようになります。

Earliest music instruments found(BBC)


ミズンは楽器の誕生と発展を重要なものととらえ「物質文化によって人の声と体の音楽能力を拡大するために作られ「Hmmmm」に起源をもつ音楽作りへの情熱と、人間世界と技術世界の障壁を壊すのに必要な認知的流動性とを反映している」と位置付けているのです。

参考動画:YouTube "Music Instinct" 25:17-20:40


まとめ:「音楽と言語には共通の先駆体「Hmmmm」があり、私たちホモ・サピエンスではそこから音楽と言語が分離してそれぞれに進化したが、ネアンデルタールでは一体化したまま進化」しました。「言語を進化させるために音楽能力を犠牲にした私たちとは違い、ネアンデルタールは”音のパノラマ”の世界に住み、歌い踊ることでコミュニケーションしただろう」と想像されています。

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