2018年6月11日月曜日

第3回 乳幼児と音楽・言語

第3回 乳幼児と音楽・言語


まず個体発生の話から。
ヒトの発達的には音楽が言語に先んじると示唆する証拠が存在します。

乳幼児への発話は Baby talk あるいは IDS (Infant-Directed Speech) と呼ばれます。IDSは「年齢の高い子供や大人への発話に比べ、全体にピッチが高く、ピッチ変化の幅が広く、母音や休止が長めに明瞭に発音され、句が短く、繰り返しが多い」という特徴があります。私たちが無意識にこうした話し方をするのは「人間の赤ん坊が、言葉の意味を理解し始めるずっと以前から発話のリズムやテンポやメロディに興味を示し、敏感に反応するから」なのです。

スタンフォード大学の発達心理学者アン・ファーナルド博士はIDSの4つの発達段階があると唱えています。
  1. 聴覚を刺激して注意を持続させる 
  2. 覚醒や情動に働きかける(あやす時ピッチを抑える) 
  3. メロディとリズムの助けにより子供は母親の気分や意図を察するようになる 
  4. イントネーションや休止の特定のパターンが言語そのものの獲得を促す
まず「聴く」こと、次にピッチ(音の高さ、低さ)で感情や意図を表す、トントン拍子をとったり鼻歌を歌ったりすると落ち着いたり眠りに落ちたりするようになる、そして抑揚やパターンがわかってくると言葉の獲得につながっていく。という段階説です。心臓のビートを胎児の頃から聞いていることを考えると3番のほうが2番より先ではないか、という考えもありますが、聴覚刺激は音楽から入って、次第に言語へと繋がっていくという点では納得感のある説だと思います。

ファーナルドはメロディと言語に関して興味深い実験を行っています。
被験者(乳児)が聞いたことのない4つの言語(ドイツ語・イタリア語・ギリシャ語・日本語)+無意味語、すなわち実質的にはメロディの違いだけが聞こえる状態で「禁止」と「容認」を表現したフレーズを流します。 その結果、どの言語(無意味語含め)の発話でも禁止を表すフレーズには顔をしかめ、容認を表すフレーズには微笑むということが観察されました。
つまり「禁止」「容認」のような基本的な指示、表現は、言語に依存しないでコミュニケート可能ということです。ただしこの実験では日本語には反応しなかったということでした。本書(歌うネアンデルタール人)では「日本人の母親の場合ピッチ変化の幅が狭く解読しづらいため」という解釈をしていますが、日本語には同じ意図を伝えるための表現方法が非常に幅広いため、実験に使われた具体的な言葉の選択や語気の強さに若干の問題があった可能性もあります。「だめっ!」と強く言えば、日本語わからなくても「禁止」ということは伝わりますから。

参考動画:YouTube "Why talking to little kids matters" by Dr. Anne Fernald

(スピーチの中で乳幼児に直接話しかけるIDSの重要性を指摘しています)

トロント大学の心理学教授サンドラ・トレハブは乳幼児に歌いかけることの意味を研究しています。
実験によると「話している」母親より「歌っている」母親の映像を注視する時間のほうが有意に長かったのです。また生後6か月の乳児は母親の「話し言葉」より「歌」に対して大きな生理反応(唾液中コルチゾール分泌)を示すことがわかり、歌いかけが育児ツールとして重要であることが示唆されました。別の研究では女性歌手の歌う子守歌によって未熟児の吸引力の発達が有意に向上しその結果、目に見えて体重が増加したそうです。

母親の歌は「乳児の気分を最高の状態にできるため、哺乳や睡眠ばかりか学習までも促進し、乳児の成長や発達に寄与する」さらには「乳児の心身の健康に役立つと同時に、母性行動の支えにもなるだろう」とその価値を評価しています。

参考動画:YouTube "Sandra Trehub interview
(インタビューの中では、歌は乳幼児が母親の歌を繰り返し聴くうちに、安心できる、予測できるようになるので、歌ってもらうと心が落ち着き、また予想通りの展開が喜びと安心をもたらすと言っています)


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